期待/諦念
私にとって良く出来た人間と云うのは、非常に面倒な、鬱陶しいモノだと常日頃感じてしまう。そこに、申し訳ないが、という注意書きを頭の中で書いてしまう。
目の前の友人を見ながらそう云った考えに耽っていた。
「俺達もいい年なんだし、お前もいつまでもブラブラしてると本当に張り合いのない人生で終わっちまうぜ?」
「はは、そうだなぁ」
顔を見ずに手を顔に当てながら、私は曖昧な返事で返す。いつものような会話だ。
しかしこの友人も飽きないものだ。私のように社交性もなく、自分から遊びに誘うようなこともしない人間と、半年に一度ほど、こうして説教だかなんだか分からないことを真正面からぶつけてくる。
私は断る理由も器量もないので、こうしてただ昼食をご馳走になりながら、話を聞く。
「一体お前は何が楽しくて...女でも出来れば何か変わるのかもなぁ」
「願ってもないことだな」
女。男の友人ですらこうして持て余している男に女。私は目の前の人物がとんでもない馬鹿に見えてきた。
この友人とは、高校の頃からの友人である。友人と云っても、私がそう言っているわけではない。学生時代から私は友人を持とうと思ったことはない。
ただ、寂しいな。とは思っていた。しかし、寂しさというものは、埋めてどうこうするというものではないことを私は知っていた。
そこへこいつがやってきた。
ニ年の始業式の時クラスが一緒になり、席が離れているのにも関わらず何か話しかけてきた(当然ながら内容は一切覚えていない)。
はじめ私は、よくわからないただツルみたいだけの人種だろうと思い、ただはにかみながらやり過ごしていた。
それが今も続いているような関係だ。
ただ、こいつは幾分か勉学ができ、論説を聞いていると何か腑に落ちる部分もあると云った具合で、なかなか侮れないところがあった。
そして私は勉学も嫌いで、特にやりたいこともないので、大学へ進むこともなく高校卒業後は家でひっそりと過ごしていた。友人は大学へ行き、そこで一旦関係は途切れていた。
そして四年が経ち、突然家にそいつから電話がかかってきた。曰く、食事は奢るから久しぶりに会おう、とのこと。
私は少し退屈していたので、友人に会うことにした。
待ち合わせ場所は昔使っていた喫茶店だった。
談笑していて、不意に友人は思いついたように、
「お前、まだ無職なのか?」
「まあ、」
「なにかやりたいこともないのか?」
「ないこともないが、」
「じゃあそれをやれよ!」
やにわに、そいつは怒鳴った。
顔が紅潮していた。
自分でも驚いている様子だった。
「すまん...」
「いいけど、何を怒ってるんだ」
私は、人というのはよくわからんものだと理解はしていたが、流石に目を丸くした。
「そろそろ帰るか」
「ああ、」
友人は、こう言っておけば私が何も聞き返さないのを知っていて、そう言った。
今はお互いに32歳か。説教しているそいつを見ながら思い返していた。
「...お前、話を聞いてないな?」
「あの時...お前が就職した頃に会った時、あれは何を怒ってたんだ?」
今回は友人が目を丸くしていた。私が質問をするのが珍しいといった様子だった。
「あれか、いや覚えてるよ」
「なら言ってくれよ」
「お前らしくもないな」
友人は恥ずかしいモノでも隠すように目をやや伏せていた。
「隠すようなことでもないだろう?」
「いや...できれば隠したいがな。まぁいい」
わざとらしく大きなため息をつき、続けた
「正直、お前には嫉妬しているんだ」
「...」
嫉妬、予想していなかった言葉に呆気に取られて、しばらくその意味を頭の中で探っていた。
「どういう、何に対して?」
「能力、というより立ち振舞かなぁ」
友人は既に一仕事終えた感覚になっているらしく、先程より明るい表情になっている。
「そう、立ち振舞...雰囲気と言ってもいいか。お前は昔から何もせずとも、ただ、俺は俺だとでも言うように、いや、主張もせずに、居たなぁ、って」
肩の荷を下ろしたように饒舌になっている
「ふぅん?」
「その頃俺は、仕事に就いて、まぁなんというかだな、お前に自慢したかったんだ」
「ほぉ」
案外女々しいところがあるモノだなぁと考えていた。いや、自分に人を見る目がないのだろう。
「それでもお前は、何を言っても豆腐みたいな受け答えで...まぁ苛ついてたんだな」
「それは悪かった」
「心にもないことを言うもんじゃないぞ」
「そうだな」
「フフ、それに、勿体ないと思ってた」
「なにがだ?」
「なんだろう、きっとお前には何か才覚があると思って、それが活かされないのがもどかしいんだ」
「ふぅん」
やはり、こいつはとんでもない馬鹿なんじゃないかと思えてくる時があるな。
「まぁ、その顔じゃ、ピンとは来てないだろうな」
「まぁな」
「当時の話というとそれくらいかなぁ」
目線を空中にボンヤリと浮かせて、何かを探すようにしている。
「そうかぁ...」
「何かやる気にでもなったか?」
友人は冗談めかして、少しニヤついている。
「あぁ、なった」
「うん?」
「少し気が向いた。ありがとう」
「ん、あぁ」
「ただ、何をするかだなぁ...」
「何か?あぁ、そうだな...それを探すことが既に何か始めている、ということではあるんだが。それより」
「ん?」
「本気なのか?なに、その、なにかしたいというのは」
「まぁな、久しぶりに少し熱が入った」
「はぁ...」
そいつは相変わらず半信半疑といった顔つきでこちらの顔をじろじろと見ている。
「何をするか、か。ヒントはないのか?こういう時にお前はどうするんだ?」
「そうだなぁ、俺がお前の状況なら、自分のルーツ。例えば学生時代に好きだったモノ、それを探すかな」
「フゥン...ありがとう、少し、一人で考えたい。今日は代金はこちら持ちにさせてくれ。ありがとう」
「あぁ、それはいいけど...」
店の前で別れた。友人は首をかしげていたが、足取りは軽い様に見えた。
私はヒントを貰った様に感じていた。なるほど、人と話す時にこういうこともあるのか。それはいい気付きだと感じ、同時に、自分の特異性、つまり人に期待していない部分にも気付いた。
私はいつもより早足で家路についた。